昼行灯横丁
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Author:かあみ
昼行灯にようこそ!

出張の多い主人のサポートの為に立ち上げたサイト。
最近は家庭の記録も兼ねてきている・・・

(サイト開設2006/01/23)

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【用途】
・気になったらハウスメーカーや工務店のカタログを請求できる。
・コンテンツの「注文住宅の基礎知識」は見やすいので一通り目を通しておくのもいいかも。
・ハウスメーカーを探し、工務店探し(都道府県別に探せる)

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手帳のリフィル作成 印刷方法は?
手帳のリフィルを作りたい。

エクセルやワードなどの印刷設定でユーザー定義を自分で設定する。

ワード開く
ファイル→[ページ設定]で[ページ]タグの中の[オプション]→

自分のプリンターの名前のプロパティが開くから
レイアウトタブなどで用紙サイズを選ぶプルダウンメニューで
[ユーザー定義]をクリック
サイズを記入する画面が現れるので
サイズ記入→[OK]

ワードの[ページ設定]画面に戻るので
そこで用紙サイズを[ユーザー定義ファイル]に変更→[OK]
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新しいOS VISTA(ビスタ)
XPの次のOSはVISTA(ビスタ)

今年の冬くらいに発売すると噂のビスタ。
またまた高スペックのマシンが必要みたい

【ビスタの買い時は?】
最初は不具合が連発しそうだから半年くらい経ってからの方が良いかな。
だから来年。
XPを持ってない方はビスタが出てXPが安くなったのを見計らってXPを買うというてもありか。(ねぇ?)

【ビスタってどんなの?】
視覚効果が上がったみたい。
デスクトップ上のアイコンが半透明になるとかもあったなぁ。
でも別にこれといって「欲しい!!」と思う機能はないように思える。
それどころか・・・非常に迷惑な機能がついてるらすぃ。

【迷惑な機能】
●新しいDRM(デジタル著作権管理システム)であるMicrosoftのRMS(Rights Management Services)クライアント
       ↓
音楽やビデオをWeb上で購入すると、Microsoftは私がそれを
不正にバックアップしたり、
それをiPodなどの再生装置に入れたりできないようにする
わたしが購入したファイルを本物のVistaシステム上でしか利用できないようする

●ドライバ保護プラン
       ↓
購入する周辺機器はすべて、Microsoftと契約を結んだベンダーの製品でなければならないということになる。

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ボーダフォン買収 ソフトバンクvsサーベラス
ボーダフォンを買収するのはどっち?
有利はソフトバンクか?!

ソフトバンクが買収って話に、もう一社米投資会社サーベラスが対抗すると欧米メディアで報じられている。

【サーベラス】
買収金額予定→プロビデンス・エクイティ・パートナーズ(通信業界を得意とする米投資会社)と組んで
約1兆8000億円での買収を提案
【ソフトバンク】
買収金額予定→ソフトバンクは1兆5000億〜2兆円
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【曲水の宴】雅な行事
【曲水の宴】
曲水の宴
起源は中国「秦」時代で、清らかな水の流れに、盃を流して禊祓(けがれをはらう)の儀式として行われたのが始まりといわれています。
中国から日本に伝わった曲水の宴は平安時代、細く曲がりくねった流れの水のほとりに座って、上流から流れてくる杯が通り過ぎる前に詩歌を読み杯を取って酒を飲み干し禊祓いとするというなんとも風流な習わしです。

日本で初めて「曲水の宴」が行われたのは顕宗天皇元年(485年)だと日本書紀に記されています。日本では古くから、春先に清流で身を清めて不詳を祓い、無病息災を祈ることが素朴な習慣として行われていたので、曲水の宴を受け入れる素地があったというわけ。

「曲水の宴」は、奈良時代から平安時代の宮中の年中行事として正式に行われていました。やがて宮中で途絶えがちになると、藤原道長や藤原師通などの貴族が主催して行い、上巳の日の祓えは貴族の間に定着します。
戦乱の世になると長く途絶えてしまいます。

ひな祭り
【ひな祭り】
古くから「天児(あまがつ)」「這子(ほうこ)」と呼ばれる人の形に似せた人形を子供の枕元に置いて、身の穢れ・災いを人形に身代わりにさせる風習があった。
また、「ひいな遊び(せいな遊びともいわれる」といわれる子供たちの間で発生した人形遊びがありました。この「ひいな遊び」と天児(あまがつ)などのヒトガタとが結び付き、江戸時代になって、上巳(じょうし)の節句(3月の初めの巳の日)がひな祭りの日に制定されます。江戸時代にひな祭りが公家、大名に一般化してからは、「天児」を男雛、「這子」を女雛に見立てて飾るようになりました。
次第に美しい衣装が着せられて、手の込んだ雛人形となって行きました。雛人形を比々奈といって玩具として飾り立てて祝うひな祭りは室町時代から江戸時代にかけて貴族や武家または上層農民の間でかたち作られたといわれています。

最初は簡素だった雛人形も武家や富裕町人が贅を尽くして飾り始めた時に変貌を遂げ、雛人形は立派な衣装の座り雛が登場してきます。
雛壇に鎮座する形での人形が一般に広まったのは、江戸時代中ごろといわれています。
現在のような段飾りができたのは江戸時代後期といわれています。
大名の婚礼には、通例、婚礼調度と同じデザインの雛道具が調えられた。その製作は大変手がかかり、大名家などでは、女の子が生まれると、すぐに雛道具の準備に取りかかったほど。華やかな世界にあこがれた富裕な町人も、これにならい、競って美しい雛道具を求めた。そのため、細工にもいっそう拍車がかかり、その過熱ぶりに幕府が禁令を出したほどでした。

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